「あなたを誇りに思います」
こんばんは。
綾小路きみまろさんの『しょせん人生なんて自己申告』。
今日から「再開について」の章に入ります。
まずは、こちらの文章から。
・「自分のことなんて、誰も気にしてやいない」 そう思っても、どこかで必ず、誰かが見てくれています。
「誰か見ててくれる人がいる」
そう思えると、人は強くなれる。希望を感じることができる。頑張ることができる。そう思います。
実際にこのことを体験できると、このことを信じることができると思います。でも、そういう経験がないと、容易にそうは思えない、というのが実際のところではないでしょうか。
経験したことがないと「自分のことなんて、誰も気にしてやいない」 と思い続けてしまう。この思いから抜けきることはできないかもしれません。
それでも腐らずに前に進んでいったほうがいい。あなたを見てくれている人がすぐには分からないかもしれない。でも、必ず見てくれている人はいるのですから。
次の言葉を見ていきましょう。
・たけしさんの言葉「よくぞ這い上がった。同じ世代を生きた男として、あなたを誇りに思います。」
たけしさんとは、もちろんビートたけしさん。北野武さんですね。
たけしさんときみまろさんは同年代なのです。たけしさんは若くして芸能界の第一線に上り詰めて、その地位を不動のものとしてきた。いわゆる「芸能界」という世界にとどまらず、映画監督としても数々の名作を世に送り出してきた。日本が誇る大スターの一人です。一方で、きみまろさんはキャバレーの司会者から、演歌歌手の専属司会者としてキャリアを築いていた。でも芸人への憧れを捨てきれず、長きに渡り下積みの時期を過ごしてきました。
たけしさんは誰もが認める「憧れの的」ですが、きみまろさんにとって、その思いは格別だったでしょう。
そんな「たけしさん」からのこの言葉。
・「よくぞ這い上がった。同じ世代を生きた男として、あなたを誇りに思います。」
当然ながら、このお二人の会話がなされたのは、きみまろさんがメジャーデビューを果たした後。
ここで冒頭に私が書いた次の文章を読み返してみましょう。
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経験したことがないと「自分のことなんて、誰も気にしてやいない」 と思い続けてしまう。この思いから抜けきることはできないかもしれません。
それでも腐らずに前に進んでいったほうがいい。あなたを見てくれている人がすぐには分からないかもしれない。でも、必ず見てくれている人はいるのですから。
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きみまろさんは「自分のことなんて、誰も気にしてやいない」との思いを何度も抱いた。その期間は本当に長かった。
その長きを経てようやく、こうして「誰かが見ていてくれる」ことを体験することができた。それも、その誰かは憧れのたけしさん。
このエピソードに感動を覚えます。