「長時間続くもの」は・・・
こんばんは。
きみまろさんの著作
『しょせん幸せなんて自己申告』
から心に残る文章をお伝えしております。
昨日お伝えした文章を改めて記載します。
・何をやっても成功しない。いくらやっても認められなかったあの頃。世界でいちばん自分が孤独な人間のように感じられる夜に、ふと思い浮かんだフレーズの数が、今の漫談の礎になっている。
ここには本当につらい思いが込められているんだろう、そう感じました。
同時に、安心も感じた。希望が見えてきた。自分の人生もまだまだ何とかなるぞ、といった安堵感とでもいいましょうか。
「きみまろさんの苦節の時代に比べれば、自分が抱えている苦労なんて、比較するにも及ばない。何をクヨクヨしているんだ。前を向いて進んでいこう。」と自分を元気づけることができたんです。
私たちの人生には苦労、苦難は付きまとうものです。つらい出来事や、悲しい体験は避けて通れない。
そのような苦難の中でも、最もつらい、応えるものというのは「長時間続くもの」ではないかと思うんです。
つらい体験をしたとしても、時間が経てば心はいずれ癒されていく、少しずつだとしても良化していく。「時間が解決してくれる」というやつですね。
(誤解がないように、決して心が癒されることのないような悲惨な出来事というのも存在するということはお伝えしておきます。)
でも、「つらい」が長きに渡り継続する場合には、癒されることがない。時間は解決してくれない。解決どころかどんどん悪化していくんです。蓄積されていくんですね。
闘病生活を長く続けるというのは本当につらいと思います。肉体的な痛みを継続的に感じ続ける。そうすると精神も病んでいきます。
肉体的な病ではない、精神的な痛みのほうもつらい。体が感じる痛みとは違って、刺さるような、えぐるような感覚はないかもしれない。何とか耐えられると思ってしまうかもしれない。でも、これが蓄積されていくと取り返しのつかないことになるんですね。気づきが遅れるという意味では、精神的な痛みのほうが質が悪いかもしれません。
長期間に渡りいじめを受けるとか、パワハラを受けるとか、精神的なダメージを受け続けていると、精神がおかしくなってしまいます。他人事ではなく自分事として考えていただきたいと思います。あなたにもそういうことはありうるのだと。もしかしたらあなたが加害者になっているかもしれませんよ。
話がそれてしまいました。
明日は、心に響いたきみまろのさん言葉をお伝えしていきますね。