こう考えると、威張る人の存在も悪くない
こんばんは。
「怒るな、悲しめ」の原則。
いかがでしたでしょうか?
威張る人、マウントしてくる人に悩まされている人にはぜひ試していただきたいと思います。
威張る人を許してあげるとか、自分が我慢するとか、そういうものではないんです。それでは納得いきませんし、ヘルシーではない。心も体も害してしまいますよね。
そうではなくて、もっと大きな視野で見るんですね。あまり深刻にならずに、軽い気持ちで考える、ともいえます。
威張る人に悩まされてしまうのは、自分に原因があるんです、そもそもは。嫌な感情は自分が抱いたのですから。きっかけは相手であったとしても最終的な感情を選択するのはあなたなのですから。
他人の言動に対して、過敏に、何の戦略もなく、その時の気分のまま、反応してしまう。だから悩んでしまうのですね。
この「原則」を用いることは「人間関係をゲームとして考える」ことに繋がっているように感じませんか。人間関係をゲームとして捉えると少しは気が楽になります、いや大いに気が楽になるでしょう。
まあ、真剣に深刻に考えすぎてしまうと、人間関係に疲れてしまいます。気楽にいかないといけないのです。真面目な人、生真面目な人ほど、威張る人の「生贄」になってしまうのです。気楽に行くのが一番です。
人間関係はゲームなんだと考える。楠木建さんの言葉で言えば
「うわ、こんなに威張るんだ」
「そうきたか」
「この人、どれだけつらいことがあったのかな」
といったように考えるということです。
人間関係の「ゲーム」化については、これまで数多く読んできた、人間関係についての書籍から、自身で考えていたことではありました。ですが、あくまで「フワッ」とした感じで、しっかりと言語化できていなかった。楠木建さんの本を読んで、それを言語化できたような気がしました。ありがたいです。
その人の寂しさに思いを馳せ、悲哀をかみ締めているうちに、人間という生き物が結構面白くなってくる。
このレベルに到達するのは容易ではないかもしれませんが、こうなったら占めたものですよね。
僕はこの二十年ほど「怒るな、悲しめ原則」を実践しているのですが、年に一、二回は、思わずおひねりを投げたくなるような、濃イイ(=濃くてイイ)威張リスト&威張ラーとの出会いがあります。人生って、嬉しいものですね。
「怒るな、悲しめ原則」、おすすめです。次に威張る相手に遭遇した時、ぜひ試してみましょう。
「威張る人」と接する機会を歓迎しましょう。そうしてこの原則を試してみる。一歩一歩でも「幸せな生き方」を身につけていくことができる。
こう考えると、威張る人の存在も悪くありませんね。