「行動と見識」KOUSHIのブログ

行動と見識で人生を豊かにする

「先行逃げ切り」と併せて持ちたい「物語」

 

こんばんは。

凡人こそ「先行」、さらには「先行逃げ切り」を心掛けるべき。そんな思いを書いてきました。

先行して貯金をつくることが心の余裕を生む。心の余裕がさらに良い流れを引き寄せ、流れに乗っていく助けとなる。厳しい状況におちいっても、貯金があればそこから抜け出しやすくなる。

 

この「先行逃げ切り」と矛盾するようにも感じられる、私の好きな言葉があります。

それは

「大器晩成」

 という言葉。

実際にはこの2つの言葉は決して矛盾しませんし、比較する対象ですらないかもしれません。どちらも努力が下敷きになっていることは同じ。

「追い込み」と「大器晩成」はどちらもレース・人生の終盤で花開くというところが共通点と言えるでしょうか。

現実的には「先行逃げ切り」に重きを置きながらも「大器晩成」を信じる心を併せ持つ。これがベストではないかと感じます。

 

「大器晩成」の意味を改めて見てみます。

「大器」とは偉大な器量をもつ人、「晩成」は多くの時間を費やして成就すること。つまり、大人物は遅れて頭角を現すという意味の言葉。

出展は中国の『老子』の41章「大方無隅、大器晩成」というのが通説。『老子』で書かれているもともとの意味は「大きな器は完全な器ではない」、「大きい器は完成に至らない」といったと解釈もあり、現在の意味で使うのは誤用だとも言われています。

 

由来はともかくとして、「大器晩成」という言葉、もっと正確にいえば「大器晩成」という「物語」は私たちに希望を与えてくれます。

 

地道に努力を続けていてもなかなか報われないのが現実の世界。長きに渡り不遇の時期を過ごすこともある。そんな時に励みになるのが「大器晩成」という物語。

歳を重ねてくると自分の人生の先が見えてくる、現実的な終着点と向き合わざるを得ない。希望を感じることが難しくなってくる、冒険をする気力がわいてこない、日々を無難に過ごすようになる。そんな時にやる気に火を点けてくれるのが「大器晩成」というストーリー。

 

実際には気休めかもしれませんね。晩成に報われるとは限りません。

でも希望を持ち続ける、向上を意図しづけることができれば、それは幸せな時間を過ごすことに他なりません。「大器晩成」を信じることで、前向きに、希望を胸に生きていくことができる。

 

「大器晩成」の具体例を見てみましょう。

実際に「大器晩成」という物語を生きた人を見ること・知ることで、より希望を感じることができる。その物語を自分事として感じ、自分の引き出しに入れることができるのですから。

 

明日に続けます。

 

 

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