「できるかできないか」ではありません。「やるかやらないか」です
こんばんは。
綾小路きみまろさんの著作『しょせん幸せなんて自己申告』から、きみまろさんの半生を振り返っています。
今日からは「目標について」の章。私がとったメモをお送りしていきます。
・「できるかできないか」ではありません。「やるかやらないか」です。
のっけから喝を入れられました。
結局は「やるかやらないか」。私たちは分かっているんです、頭の中では。
でもいざやる段になるとできないんです。
私たちは失敗を嫌がる。失敗が怖い。だから、どうしても「できるかできないか」を先に考えてしまう。
頭の中だけで考えていると、この考え方のクセからなかなか抜け出せません。下手をするとずーっとこんな考えのもまま何十年も生きてしまいます。どこにも行けない。いつまでも変わらない。
では、どうすれば良いのでしょうか? そんな状況に陥らないために何ができるのでしょうか?
綾小路きみまろさんは、後の文章でアドバイスをしてくれているのでご安心を。
その前に、次の文章を先にお伝えしておきましょう。
・将来が漠然としているのは「やりたいこと」と「できること」を天秤にかけているから。
私たちは失敗を嫌がる。失敗が怖い。
「できること」だけやっていけば、失敗することはない。自己肯定感も満たされるし、充足感も得られる。幸せな時間を過ごせる。これはこれでいいですよね〜。
でも、何か満たされないものがある。心の中には「本当にやりたいこと」がある。でも、それを「できること」と比較して、後者を選んでしまう。その方が心地良いから。簡単だから、失敗しないから。
その時々に小さな幸福感や充足感は得られているが、成長が感じられない日々が続いていく。
それなりに楽しい人生を送っているが、満たされない。そんな感情を抱いて毎日を送っている人は、きみまろさんがいうように「やりたいこと」と「できること」を天秤に掛けている可能性が高い。そんなに大きな不満はないけれども、将来への明るい希望が描けるわけではない。漠然とした未来しか思い描けない。
実感覚で言えば、そういう人は多いような気がしています。
将来への漠然とした不安があるからこそ、何かをやろうとする。学ぶことはいとわない。でも、それが本当に「やりたいこと」かどうかというと疑わしい。「できること」の割合が多い「何となくやりたいこと」だったりする。これでは未来は漠然としたままになってしまう。
そうこうしているうちに、自分の「やりたい」ことを考えることすらしなくなってしまう。そうなると危険領域ですね。惰性で生きていくことになりかねません。
もし、自分にはそんな兆候がある。そう気づいたなら、今すぐアクションをとっていきましょう。